やまのあな

以下、日記置き場。
過去ログ溜まったら適当に消します。

 

2024/6/29
出発前最後の飯を何にすべきか悩んだ末に行われた2024上半期全国ヤマコン総会議の結果、アベノ珉珉が選出された。たまに行く店。町中華フリークの間では有名店っぽいけど、これといった名物もなく、遠くから食べにきたりするような店でもないし、地元民から愛されている名店といった様相も呈していない。アベノ珉珉は1953年創業の老舗中華「珉珉」からの暖簾分けで派生したボランタリーな個人店で、チェーン化した「珉珉」とは経営を異にした独立関係にあるらしい。元は阿倍野銀座に店舗を構えていたが、天王寺の再開発によってショッピングモールの地下深くに追いやられ、立地がいいとは言い難い場所に封印されたという歴史がある。背景を同じくする店に、1945年創業のうなぎの双葉や、1946年創業のグリルマルヨシなどがある。うちの近所に住んでいる60代の人が、阿倍野銀座は若い頃デートでよく行ったという話を聞かせてくれたことがあるが、いま阿倍野銀座は跡形もなく消え去って、キューズモール内に再現された名店街はデートで行くような場所ではない。何しろ地下奥深くのどん突きにあるのだ。
昨今の飲食業界の主流は効率的で工業的なコスパ飯か、過剰なまでのブランディング飯で、昔ながらの普通の店が普通に作った料理の貴重性が相対的に増してきている。すこし前まで当たり前だった普通の店に、大変な行列ができているのを見かけることも少なくない。もし阿倍野銀座が残っていて、アベノ珉珉が存続していたとしたら、それはきっと大変な人気店だったことだろう。
ここ数ヶ月ではあるが商店街の研究をしてきて、商店街は好き嫌いの垣根を超えて、資本主義社会における人間の豊かな暮らしに必要な存在だと確信しつつある。少なくとも空間として、あるいは流通システム、雇用の形、価値観の評価軸など、さまざまな面において近隣住民へオルタナティヴを提供していることは疑いようがない。大震災の際には、大型ショッピングモールよりも商店街のほうがはやく復旧する、という話がある。ショッピングモールは回復責任が経営者などに集中するため、時給で雇われた従業員や作業員が直すよりほかに道がないが、商店街は責任が分散しているほか、生活の場でもあるという性質ゆえか、ボランティアや物資の支援も受け入れやすいという特徴がある。商店街には人が集まる余地があり、自然窟(自然発生した人が集まれる場所)のような役割を果たす場合がある。実際には、近代的な商店街というのは雇用と流通の問題を解決するために考案されたソリューションであり、自然発生的なものではない。9割以上の商店街は、第二次世界大戦後の国策によって新しく建設されたものだ。これを戦後型商店街という。国は1980年代までは都市部の売場面積や店舗間隔に厳しい規制を設けることで大型店を牽制したほか、商店街法を作ったり助成措置を確保するなどして商店街を保護してきたが、80年代以降は大型店に対する規制緩和が続いている。
超大型店は半径数十キロ範囲の住民の生活に影響を及ぼし、車社会やフードスワンプの発生を間接的に促す。これが進むほど近隣住民の健康は蝕まれ、がんによる死亡率が上がり、肥満が社会問題になる。現代の日本在住者は一般に寿命が長く、肥満が少ない。この理由は多くの場合で「日本食がヘルシーだから」と認識されており、それが半ば常識化しているが、個人的にはこれは疑わしいと思っている。白米は保存が効くだけでなく、手に入りやすくて味も良いが、糖質以外の栄養価が極端に低く、GI値も悪い。日本食で一汁三菜を組んだとしてもカロリーの大半が糖質に偏り、PFCバランスに優れない。日本人の寿命の長さは、どちらかといえば戦後の社会システムや都市構造による影響が大きいのではないかと考える。と、かなり端折って書いたけど、これについては無限に書けるかも。散々言われてそうだけど。
関係ないけど、今日アベノ珉珉でとんでもなく嬉しいことがあった。みんなに自慢したいけど、店員さんに「秘密にしてください」と言われたので秘密にする。

 

2024/6/28
朝方に24mmの雨が降って、庭で育てているミニトマトたちの枝葉や幹が折れたりした。園芸用の支柱に対して使い捨てマスクの耳ひもを再利用して結んでた部分は、強度が足りなかったり細かったりしたせいで結束箇所に力が掛かりすぎた形跡が見られた。
まず、支柱を増やして斜めに渡しを掛けたりなどして補強する必要がありそう。あと次回はちゃんと弾性のない麻ひもを使って八の字結びをするべきだと思った。ここまでトマトが上に伸びると思ってなかったので油断して適当にやってた。いま庭はジャングルみたいになっていて、食べきれないくらいのトマトの赤ちゃんが見える。
ちなみに明日は真夏日らしい。熱帯のような天候だ。冬は寒く、梅雨は激しく、夏は暑くなっている。

 

2024/6/27
外食が続いたせいか便硬(べんこう)が増し、それに応じてトイレに滞在する時間が伸びてきている。旅前最後のゴミ出しを終えてしまったので、日曜までは外食が続く。毎度厳しい戦いになるが、うまいことやっていくしかない。そして当然、便硬などという言葉はないということも書き残しておきたい。
昼すぎ、上六のあたりでいわゆる玉突き事故を見た。信号待ちで停車した車にゆっくりと衝突したように見えたけど、追突された車から降りてきた男性は口からドバドバ血を流しながら、痛そうにアゴを覆っていた。きっとボンネットか何かに打ったのだろう。来週から車に乗ることが多くなるので、可能な範囲で気を付けようと再確認した。

 

2024/6/26
昼は調べもの。近所の力餅食堂でうどん食べた。力餅食堂は8年以上働いたのちに店主から認められると暖簾分けが許される仕組みらしい。割と行きやすい範囲に力餅食堂がいくつもあって、その中に外装がきれいで新しいから今まで興味が湧かなくて入ってこなかった店があったんだけど、力餅に関することを調べるうちに俄然興味が湧いてきた。入ってみたら居酒屋の居抜きっぽい内装で、働いている人もわりかし若く見える。もしかすると、暫定最後の暖簾分けかもしれない。
壁にかかっている絵がばあばらちゃんのお母さんの絵に似てて気になったけど、お客さんが満員で見に行けず。また明日か明後日くらいに見に来ようと思う。
夜はクラストパンツの直し。映画を見たり電話をしたりしながら、何だかんだで5時間くらい縫い続けた。自分の場合は、まずズボンを裏返しにして具合の良い感じに履いてみて、穴の空いた箇所に合わせた形の布当てを作ってスティックノリで貼り付ける。それを脱いでから縫い合わせて行くわけだけど、このパンツは徐々に細くなり続けていて、この15年間全く太ってないはずなのに太ももが入らなくなってきた。出先で破けたら嫌なので、最近は裁縫道具をバックパックに忍ばせている。この前は高速バスの中でTシャツを縫った。縫い物は良い。適当にやってるからとくに技術が身につくわけでもないし金銭に換算したら時間あたりのリターンが低すぎるけど、資本主義社会と自分との間に小さなスペーサーを挟み込むような、そんな感じ。

 

2024/6/25
交通機関を予約したり、出発前後の寝床を確保するなどして予定を徐々に固めていく。先月も書いたと思うけど、マウンテンハードウェアのパラディンっていうバックパックを10年くらい使っていて、渋谷の会社に通勤していたときも、上海からインドまで4か月かけて行ったときも、ずっと背中を守ってくれたやつ。いま使ってるのはその2代目なんだけど、すでに手縫いで修理したところもあるし、カメラ買った時に付いて来た適当なひもで無理やりエクステンション付けたりとかもしてて、いろいろぐちゃぐちゃなんだけど、便利で丈夫でフレキシブルなところが気に入っている。ガジェットにはもう全く興味がないんだけど、いつも使ってる道具たちに関しては思い入れもあるしこだわりもあって、ひとつひとつを愛している。逆に全然愛してない道具もあって、そこにはいつか良い道具と出会ったときに滑り込ませられるだけの余地がある。

 

2024/6/24
外食が続くと段々うんこが硬くなってきて、油断してるとウンゴツくらいまでいくこともある。古い友人が華奢なわいの身体を見るたびにやたらとプロテインを勧めてくるが、そんなものを飲んだら腸内でウンゴモンドが形成されて自身の内臓を切り付けるハメになるだろう。一説によると、ウンゴモンドは包丁を研げるくらい硬いらしい。
今日は便の硬さにまだ余裕がありそうだったので、今のうちにタンパク質を摂っておこうと思って豆や鶏などを焼いて食べた。
自分の場合、自炊が続くと貧血気味になる。ヘム鉄系の食材とされるレバーやカツオやマグロを自分の意思で買うことはまずない。豆乳や小松菜みたいな非ヘム鉄はよく口にしているつもりだけど、いまひとつ足りてないっぽい。
終電間際の時間に、友だちが製麺所で買ったラーメンを持ってうちに来た。のこのこ来やがって、かわいいやつだ。麺を茹でて、鶏肉の残りやサヤエンドウなど、家にあるものを適当に乗せて一緒に食べた。多幸感に満たされる。ちなみに、日本語のスラングで多幸感を「タコ」と略すことがある。多くの場合で何らかの薬物の効用に対して使われる言葉だと思うけど、英語のスラングでもドラッグによるハイで宙に浮かんでふらふらになった状態をkite(凧のほうのタコ)と表現してるのを聞いたことがある。

 

2024/6/23
家にともだちが来てくれたので、ご飯を作って食べてもらう。料理を食べてもらうのはいつも少しだけそわそわする。
これは個人的な話というか個人店的な話なんだけど、よく通りかかる場所にAという八百屋がある。特別安いわけでもないし、特別品質が良いというわけでもないんだけど、場所の都合が良いからたまに寄る。店主の親父は愛想が良くて、この商店街にしては珍しく、ちゃんと店員さん的な動きをする。ただし、昼過ぎに行くとコーヒー片手にぐーぐー寝てるから、なるべく音を立てないように妻らしき人にお金を渡して買ったりする。そこも含めて人間の営みって感じで良い。
この間まで元気よくぐーぐー寝てたはずなんだけど、数日ぶりに前を通ったら突然看板が入れ変わっていて、Bという別の八百屋になっていた。開店前から人だかり。若いスタッフがたくさんいて、なんだか盛り上がっている様子が感じ取れる。
店員らしき人からもらったチラシを読んでみると「かつてこの場所で八百屋をやっていたBが帰って来た!」というようなことが書いてあった。謎すぎる、と思ってインターネットで調べたら、在りし日の旧B時代の写真が出て来たんだけど、Aの親父がそこで働いている様子が写り込んでいた。謎は深まるばかりである。この謎は深掘りしても何も出てこないと思うので、とりあえず迷宮入りの棚にしまう。

 

2024/6/22
最近、新しいプロジェクトに付ける名前を考えながら日々を過ごしているので、いろんなひとにお店や会社の名前の由来を聞いちゃう。すごい興味ある人だと思われてるかも。照れながら答えてくれる人もいるし、誤魔化して答えない人もいる。俺も喫茶浪浪の屋号については照れながら答えたり誤魔化したりしてたと思う。名前を付けた時はちゃんと考えてつけたはずなのに、答え続けているうちに飽きて適当な嘘をついたりしはじめて、色々言ってるうちに本当のことが思い出せなくなって来て、当時どんな思いで名前を付けたのかすこしぼんやりしてる。
ちなみに、ヤマコンは人が付けてくれた名前なので恥ずかしげもなく即答できる。

 

2024/6/21
個人的におこなっている半年決算の準備。資産的には年始比+2.7Mで、想像よりも伸びが早い。去年は年間で+2.0Mくらいだったので、2.5倍くらいの速度。社会情勢の動きによるものが大きいけど、原因は常にひとつでなく、こちら側の慣れ具合とか、手札が増えて来たというのもある。経済が縮退しているように、社会も縮退しているように感じる。単純で読みやすく、それゆえにひっくり返りやすい。いわゆるラットレースと言われていた状態から、チキンレースへと徐々にすり替わっているように思う。自分はどこで降りるのか、きっと多くの人が考えていることだろう。
お金を数えるかたわらで、ワクたちがやってる記憶蛸というポッドキャストを聴いた。子供のころに好きだったお菓子の記憶を辿るっていう回で、聴きながら自分の記憶も掘り起こされる。俺が通っていた小学校の裏には「どじょうや」っていう駄菓子屋があって、外にはストⅡの筐体が2個置かれていたと記憶している。記憶蛸のメンバー間では「駄菓子屋にあるアーケードゲームは不良のもので近付けなかった」みたいな共通認識があったけど、うちの小学校には不良がいなくて、中学生たちも優しかったので、全然そのような記憶がない。どじょうやのストⅡは誰にもプレイされることなく、ただ佇んでいたように思う。当時お小遣いの相場が3〜500円くらいだったから、同級生は10円や30円のお菓子をこまめに買って楽しんでいたんだけど、俺は駄菓子にはあんまり興味がなかった。それでもどじょうやに行くのは好きだったから、たまに行っては無理して100円くらいするブラックの缶コーヒーを買ってストⅡの筐体の椅子に座り、点滅し続けるINSERT COINの文字をじっと見ていた。不良は俺だったのかもしれない。