職業は選べる時代から創れる時代になったのかもしれない

egg

やたらと何の仕事をしてるのか訊かれるのは、働いてなさそうな見た目をしているからかな。
大体いつも「記事を書いたりしてる」とか「会社員」とか適当に答えるんだけど、自分の職業を一言で説明することは難しい。

会社員としてお給料をもらう他にも
・原稿料
・デザイン料
・広告料
・出演料
・グッズの売上
・かわいいから
などなど色んな理由でお金をもらうことがあるし、投資家としてもそこそこ調子がいい。

今年の副収入は多かった月で12万円くらい。
それに加えて、株の売却益と配当金がある。
こっちの損益はバラつきがあるけど、2月・10月・11月は会社員としての収入を上回った。

これくらいの収入があれば、もし突然会社をクビになっても節約しながら生きていくことができる。

そうなると、本業の定義はもはや自分のさじ加減だ。

自分の肩書きが何だかわからない。
便宜上ライターと名乗るときもあるけど、記事を書くのは手段であって目的ではないので、自分はライターではないと思っている。

いろんなことやるという意味では何でも屋だけど、何でも屋は頼まれたこと何でもやるイメージで、俺は勝手にやって金作って帰ってくるようなイメージだから根本が違うような気がする。

そんなことを社長と同僚に話したら、
ヤマザキOKコンピュータは生き様だから、職業は「ヤマザキOKコンピュータ」で良いという結論をもらった。

ちょうど
職業は「えらべる」時代からさらに進んで、自分でカスタマイズして「つくれる」時代になってきたのかもしれない
という事を考えていたので、職業ヤマザキOKコンピュータという考え方は少し恥ずかしいけどしっくりくる。

先日、秋葉原に行ったとき
・女子高生(設定)がビンタしてくれるリフレ
・女の子が握ってくれる寿司屋
・カップラーメンにお湯を入れてから完成するまでの間アイドルとおしゃべりできるお店
など、信じられない業態のお店がいくつもあることを教わった。
どのお店も何年間も営業を続けているというから、きっとたくさんのお客さんがいるに違いない。

人間の欲望は本当に複雑で高次的だ。

「腹が減った」とか「眠い」とかの先の先の先を行くニッチな欲望も、真剣に応えれば職業になる。

そう言う意味で俺たちが入り込む隙間はいくらでもあるし、職業をつくることも可能だと思う。

世の中全体的に考えてもトレンドがなくなってる気がするし、ジャンルの壁はとっくに無い。
俺の友達はバンドやアパレルの関係者が多いから、そんなことを肌で感じている。

そこから少し離れて、秋葉原という「友達のいない街」に出るだけでもたくさんの刺激を受けた。

あとは国外に目を向けるのも良い。
今年は香港と深センと上海と台湾に行って、12月はソウルに行くんだけど、飛行機に数時間乗るだけでいろんな生き方の人に出会うことができた。

たとえば、中国・深センのすぐ近くにある「大芬油画村」では子供から老人まで、村人の全員が贋作(ニセモノの芸術作品)を作っていた。

---大好きな絵を部屋や店頭に飾りたいけど本物は手に入らないし、印刷物では味気ない。

この村はそんなニーズに応えて世界の複製画の約6割を作って、今日も世界中に発送している。
俺は道端でiPadを見ながらルネ・マグリットの絵を模写していたおじいちゃんから買った絵を、当時の彼女にプレゼントした。
おつりも貰えなかったし、持ち帰るのはかなり億劫だったけど、今頃あの絵は燃やされているのだろうか。

この村では売り手と作り手の垣根が曖昧で、俺が買った絵は値段を付けるのも納期を決めるのもそのおじいちゃん。
彼はきっと子供の頃からずっとこの暮らしだ。
見本がiPadになって発送がFedExに変わっただけ。

この直接的な経済で循環する村の中にもバイヤーや問屋がいて、裏道には額・キャンバス・絵の具・筆などのマーケットが存在している。
生活に視点を落とせば自転車でパンを売りにくるおじさんがいて、学校があって、大家がいて、警察も村長もいる。

それでも俺が「村人全員が贋作を作っていた」と言ったのは、現地に足を運んだ人にしかわからない感覚かもしれない。

世の中には本当に色々な仕事があって、普段自分が行かない国や街には見たこともないような職種があふれていたりする。
それはその土地だからできることかもしれないけど、経験を持ち帰ったら考え方や発想のヒントにはなるかもしれない。
少なくとも俺にとってはインスピレーションの宝庫だった。

このくそ面白くない人生を突破するためのヒントは少しでも外に出れば色々なところに落ちていて、見つからなかったらそのさらに外に落ちているような気がする。

「バイト増やす」とか「転職する」とか、「音楽だけで食っていく」とか、そういうのも人生を先に進めるステップだけど、もう既存の考えやありきたりな夢に囚われる必要はないと思う。

「バイトしながらミュージシャン」も、「キャバクラで働きながらアパレル」も立派なスタイルなのにみんな過小評価されている気がするし、本人たちも必要以上に嫌がっている気がする。

本当はとんかつDJとかハイパーメディアクリエイターとか、もっともっと複雑になって良い。

別に誰かに何か言いたいわけでもないから自分の話に戻すけど、俺は長嶋みたいな天才に産まれなかった。
だから自分だけの感覚やアイディアでは勝負できない。

色々な土地や人に触れまくって、アップデートしながら職業をカスタマイズして、より刺激的な生活を目指そうと思う。
そのためにも、まだ知らない街に行って、まだ見たことない物を見て、まだビンタされたことのない女の子にビンタされて、そうやって生きていこう。
ヤマザキOKコンピュータはそんな職業。

もはや俺の人生となったこのくだらなくてかわいい名前を付けてくれたのは我ヲ捨ツルの小菅さん。
いつも本当にありがとう。

職業選択の自由と移動の自由が許された国に産まれて、いろんな友達に優しくされて、本当にラッキーだった。

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