メタリカTシャツが高騰している。そろそろ俺も黙っていられない。

カニエトラヴィスビーバー

カニエ・ウェスト
トラヴィス・スコット
ジャスティン・ビーバー
がこぞってメタリカTシャツを着た。

そのせいでメタリカTシャツの価格が高騰している。

生活費を切り詰め、一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べてメタリカTシャツをコレクションすることだけが生き甲斐のIT百姓である俺にとって、価格の高騰は年貢の引き上げに等しい。

本来メタリカTシャツというのはALSTYLEやGILDANなどの安いボディにダサめのプリントが乗った、ファッションとはほど遠い工業製品であり、物質自体の価値はしまむらのワゴン品と同等。ビンテージ価格が付いた中古品ならばそれ以下である。

そこに「メタリカ」、「パスヘッド」、「希少性」など、様々な付加価値が乗ることでなんとか2000円~1万円程度の価値を維持している。

付加価値とは、実体のない価値のことである。
これらは基本的に劣化しないので、ある程度着古したとしても購入額と変わらない値段で売り直せる可能性が高い(ユニクロ製品やブート品は例外)。

こうして、価値のない実体の上に、実体のない価値が乗っているのがメタリカTシャツだ。
まるで禅問答のような絶妙なバランスで成立している。

そういう意味で、メタリカTシャツは革ジャンや鋲ベルの仲間ではなく、古切手や陶片のようなアンティークの仲間だと考えている。

これを踏まえた上で本題に返りたい。

昨年、メタリカTシャツの値段が突如高騰した。
原因は冒頭に挙げたとおり、世界の流行の最先端に存在する3名の男たちが着用したためである。

中でも「ジャスティン・ビーバー着用」という付加価値は、あまりにも強い。
2000円のTシャツは6000円になり、6000円のTシャツは1万円を超えた。

俺が日ごろメタリカTシャツに対して感じている価値というのは、希少性・デザイン・ボディの良し悪し・色褪せ具合など。
これらに対して「ジャスティン・ビーバー着用」というのは、全く別の宇宙から来た付加価値である。
この新しい価値に全く魅力を感じない俺からすると、メタリカTシャツは割高な商品となってしまった。

だが、俺は反射的に「メタリカTシャツの価値なんかすぐに戻るだろう」と考えた(これは悲しいことでもある)。

ジャスティン・ビーバーというスターはどこがどう評価されている存在なのか全くわかっていないが、もし彼が刹那に生きるラッスンゴレライ的存在だとしたら、実際にメタリカTシャツの価値はたちまち元に戻るだろう(これもなかなか悲しいことだが)。

これまで付加価値というのは、なんとなく「物質的価値よりも生まれにくく消えにくいもの」だと思っていた。
ところが、今回の件で気づかされた。それは一部の付加価値に限られる。

先ほども述べたとおり、メタリカTシャツはほとんど価値のない物の上に、実体のない価値が乗っている。
また、この実体のない価値というのは簡単に上下する可能性がある。

これをコントロールできたら面白いかもしれない。

せっかくなのでもっと過剰に、全く実体のない物に付加価値を乗せて、付加価値だけを宙に浮かべるというのをやっていきたい。
ハリボテどころか、質量ゼロ/熱量ゼロの物をみんなが欲しがるような仕組みを作るということになる。

これは別に全然斬新じゃなくて、詐欺とか宗教の世界ではやりつくされてることだと思うんだけど、なんというか、もっと馬鹿っぽい感じで新しくて面白いことができそうな気がしている。

先々週、デザイナー(なのかはよくわからない)の友達とそんなことを話した。
これは今年中になんとか実現まで持って行きたい。

そしてゆくゆくはメタリカTの価値を俺の手で上げたいと思っている。

ってここまで勢いよく書いたけど、わざわざ中国の過酷な長距離バスの中で考えることでもない気もする。
明日は武陵源に着く。楽しみだな。